陽炎の記9
ラウマの精鋭は圧倒的人数からくる少しの油断から、動きを雑にした。
その判断のミスは当初些細なものにすぎなかったが、
放っておく間にも見る見るうちに混乱が広がった。
河を渡った者たちは、戦況が有利な時ほど働く己の保身を優先させる過ちを犯し、
後続が渡ってきてある程度の人数になるまで、その場で待機していた。
町に侵攻することをしなかったのだ。
それだけ裕子が立てこもったトーチカは恐怖を覚えさせたのだった。
あれが落ち次第、陣容を組みなおして侵攻すればいい。
部隊の全員が気を抜いてた。
だが突撃によって落とそうという試みは、どこからか放たれるライフル弾によって
悉く阻まれ、それがさらに兵士特有の自己放棄そのものを放棄させていた。
一旦弛緩した身体を奮い立たせることは容易ではなかった。
たった一人で突撃してきたミドルレンジの兵士を、ラウマは始末できずに、
逆に次々と撃ち払われていくだけだった。
撃っても当たる気がしないだけではなく、
予測できない動きをつなげて、休むことがなかった。
風のよう走り抜けるその姿を見るレッドリンクの目には、
狂的な美しさと際限のない恐怖を見た者の、奇妙な色が浮かんでいた。