陽炎の記 8

黒い服を身に纏った影がレカンの橋を横切った。
何人ものラウマ兵は、その影がこの世で見た最後のものとなった。
回避行動と突撃掃射が一体となった動きは、現実のものとは思えなかった。
この日が、ラウマに真希・ゴトウの驚異的な身体能力を知らしめた最初の戦闘となった。
 
サブマシンガンを手にして、まるで静止している標的を撃ち払うように
全身のバネを駆使して、ラウマの精鋭を翻弄する。
 
「裕ちゃん、ごっつぁんの援護援護」
そういうと真里は、自分の手のひらの3倍もある銀色のハンドガンを
背中のホルダーから抜き、トーチカの壁のてっぺんによじ登った。
そこから2、3発撃つと、下にいる裕子に声をかけた。
 
「あー、裕ちゃん」
「ヤグチ、ぼやっとしないの。危ないわよ」
「えっとね、ここが危ないよ」
「何なの?」
「ラウマさんたち、ランチャーでここ狙ってるみたい」
「マジ?!」
「あやぁ、早く出た方がいいよ」
真里は「裕ちゃん、間に合う?」と笑って言い残すと、
そのままトーチカの向こうへ飛び降りた。
 
その瞬間にランチャーが命中し、分厚い壁が爆発した。
崩れ来る瓦礫から左手で頭だけをかばいつつ飛び降りると、
裕子は狭い出入り口からFA-MASを先に放り投げ、
その後すぐに自分も身を捻って必死で這い出ようとした。
 
だが壁が崩れてきて、思うように身体が動かなかった。
「…くっ」
 
しまったと思う間もなく、身体が引っ張られて裕子はトーチカの外に出ることができた。
裕子の手を引っ張って助けたのは、長身の女だった。
「大丈夫?」
「圭織…ああ大丈夫」
後ろにはりんねやあさみの顔もあった。
「町の主力も、もう来るから大丈夫だよ」
「…そう」
安堵からか裕子はその場にへなへなと座り込んだ。
「裕ちゃん、危ないよ」
「ああ、わかってる」
町のほうへ目をやると、圭がショットガンを抱えて走りよってくるところだった。
「何? 終わったの?」
「まだだけど、多分大丈夫だよ」
と圭織が答えた。
「河渡った連中がいるって伝えてくれへん?」
「了解。頼める?」
圭織は まい・サトダに伝令を頼むと、
優雅なラインを描くアサルトライフルを肩から下ろして胸の前で構える、
トーチカの向こう側に消えていった。あさみはそれに続き、
りんねはその場で警戒態勢を続けていた。
 
「圭、チビたちは?」
「平家に預けてきた」
「そか。ならダイジョブやな」
そこで裕子は、自分がすっかりひとみのことを忘れていたのを思い出した。
「あれ?・・・ひとみ? ひとみは何してんのよ、もう」
 
そう言いながら裕子は瓦礫に背を凭れると煙草に火をつけ、
炎上している教会の尖塔をぼんやりと眺めていた。