もうここの使い方さえ忘れてしまった
それだけの時間が流れた。
忘れられた場所で、誰にも届かぬ言葉を刻む。
吉澤ひとみが娘。を卒業して以来、自分は所謂「現場」というものから遠ざかった。
ただそれは、元来のスタンスを考えれば当然の帰結であったし、それこそが自分の場所であったから、時間だけが流れていった。
もちろん、その間も、道重さゆみを中心に、娘。を遠くから眺めていたし、出演番組も視聴してきた。
偶然にも自分の仕事が、ほんの数インチ、娘。に近づいたこともあり、今でも心から応援しているし、心から楽しんでいる。
自分にとって、道重さゆみの容姿は、テレビ初登場のころから、衝撃的だった。
何といっても、瞳である。
つんく♂も近々のコメントで言及したように、尋常のものとは思えないほど、深い暗碧の色を湛えていた。
もうひとつ特徴的なことは、年々、その容姿が研ぎ澄まされていくことである。
ほとんどのメンバーが途中で“戸惑い”を見せる中、彼女はほぼ右肩上がりの線を描いた。
それは原石が磨かれて玉になる行程を思わせる。
古来より、碧玉は邪気を払うと言われる。
容姿以外の部分で、自分は道重さゆみにより共感、もしくは既視感を感じてきた。
それは、吉澤ひとみと被る部分を感じたからなのかもしれない。
同期の中で、最後まで娘。に残り、リーダーという地位に立ち、そこから流星のようにより強い光芒を放ったこと。
さらに、道重さゆみは、緩やかな下降曲線を描く娘。を、反転上昇させた唯一の存在である。
それは吉澤含め、初代を除く歴代リーダーが止めることのできなかったものだ。
多分に結果論である。
だがその結果を導き出した時代、娘。の中心にいたのは、間違いなく道重さゆみだった。
リーダーができることなど、微々たるものでしかない。
そして、歴代のリーダーを振り返れば、全員がある種の蹉跌を味わっていることが分かる。
道重までのリーダーは、受動的にリーダーを任されてきた。
だが、長らく、道重はリーダーになりたいと思っていたという。
その肩書きにまつわる負の気を、道重さゆみが払ったとしか思えない。
姓の盛衰は歴史が証明している。
一度滅んだ姓は、二度と天下に覇をとなえることはできない。
にもかかわらず、それが可能なのではないかと思わせるある種の勢いを感じる。
碧玉は邪気を払うばかりでなく、歴史を変えるのか。
残念ながら、多分それは不可能だろう。
碧玉は、この秋、娘。を去る。
それでも自分は、遠くから娘。を傍観しながら、奇跡の夢を想像し、愉しむのである。