陽炎の記 1

 
 美しい死なんてない。
 
頭のなかをふと言葉がよぎった。
誰が言った言葉だったか、記憶は既に細かい欠片になって、
今はもう正確に思い出すこともできない。
 
長い時間がたった。
あの頃、一緒に過ごした仲間たち。
 
秋の太陽が屋上に伏せている身体を燦と照らしている。
静かに風が流れ、微動だにしない彼女の傍らを撫でるように通り過ぎる。
 
 
 
 あと少し時間がたてば、世界は変わり、
 あたしは自分で自分の道を切り拓くだろう。
 そしてそれは同時にあたしの終わりを意味するはずだ。
 あたしが選んだ道。
 終わる世界。終わるあたし。終わる―。
 
 
 
そう、長い時間がたった。
どんな言葉もどんな大切な思い出も
その過ぎ去った時間が作り上げた空白を埋めることはできない。
 
 
認めたくないの?という声が聞こえる。
 
 
…彼女の声。
 
  そうか、あれは彼女の声だったんだ。
  ―美しい死なんてないよ。
  ―死ぬのは怖くない。でも死にたいとは思わない。
  ―絶対に思わない
 
彼女は自分の呼吸が少しも乱れていないのを確認した。
青く高い空の遠くで鳴く鳥の声を聞きながら。
 
美しい死なんてない。