駒澤巌流島

まさかここで新年最初の更新をするとは思わなかったが、何となくこちらで更新をすることにした。


昨日は駒澤でガッタスとカレッツアの一戦を見てきた。いやもう寒いのなんのって、尋常ではない寒さが頑固に居座っていて、競技場の外はもちろん、場内でまで震えながら観戦するとは思っていなかった。

結果はご存知の通り、ガッタスPK戦の末に敗退。試合中に勝ちきれないとこういうことになる、という戦いが2つばかり続いているが、もしかしたらこの感じはもう少し続くかもしれない。実際は負けていないのだけれど、決着をつけるためのPK戦なのだから、言い訳にしてはいけない。これは誰よりもチームのみんながわかっていることだから、手前なんぞが言うことではないし、そんな言い訳をするメンバーもいないのだけれども。

ガッタスが精神的に「攻め」でいけたのはもう昔の話で、今となってはどこへいっても“先駆者”であるとか“王者”であるとか、いささか微笑ましくさえもある冠を被らなくてはならなくなった。意外に邪魔なものなんだろうなぁとPK戦での敗退を見ていて、ふと感じた。

でもスフィアの時のようなやりきれなさを感じないのは、プレーの質がまた一段上がったことがわかったことを含めて、試合自体がとても楽しかったからだ。後半の立ち上がり以外はだれることもなく、(終了間際にはさすがに一部疲れていた選手もいたけれども)噛み合っていた。

この2チームは明確に戦術が違う。それでもこれだけ噛み合っているのだから驚く。

技術面ではまだまだ課題はある。見ているだけの人間がそれをいうのは簡単だし、自分が書かなくても誰かが書くだろうから、ここでは書かない。何回も繰り返してきているが、技術の向上であるとか勝ち負けであるとか、そういうところ以外の部分にガッタスの“熱量”を見出しているからでもある。もちろんこれは自分のスタンスである上に、おそらく“正しい”見方ではないので、この価値観を誰かに押し付けることは絶対にしない。当然ながらその逆に、先入観から揚げ足とりのような半端な技術論でメンバーを叩くようなエントリに、一切の価値を見出さないけれども。



とにかく楽しかった。

この一言に尽きる。負けたのは悔しいし、その後の食事でも全然テンションが上がらなかったのは事実で、さすがにそういう感情までなくなったらガッタスを見る意味もないだろう。でもこの2チームが勝って負けてを繰り返してきたことは、ガッタスに興味がある人間ならみんな知っている。

PK戦を勝って泣いていたカレッツアのメンバーを見て、その歴史が脳裏に甦る。お台場。スポフェス。739。すかいらーく。そしてスフィアと駒澤巌流島。切磋琢磨の歴史。小島の出現でカレッツアにはもう勝てないのではないかと思った。でもガッタスはそこから飛躍を遂げた。ガッタスに水をあけられた。でもカレッツアは諦めずに必死に練習を重ねた。この2チームが織り成してきたものはそういう「逆転の歴史」なのだ。


ガッタスは脱皮の1歩か2歩手前のところにいる。実際にはここからが大変だろう。でももしこれが上手くいけば――

なんてことさえ、不覚にも感じてしまった試合でした。野心。


でもこれくらいは書いておくかな。瞬間瞬間で隙をつくってしまう癖を無くさないと、次も躓くよ。これは個人ではなくてチームの問題。

あと、辻は出さないといかん。逆説的に聞こえるかもしれないがガッタス実力主義は、それがたとえ見せかけであったとしても「出場機会の平等」によって成り立ってきたから。もちろん紆余曲折はあったけれども。誰もがチャンスをもらえるのがガッタス。本人の意志以外の理由では、誰も置いていかない。誰も取り残さない。護送船団。しかしそれは誰かを守るためのものではなくて、チャンスを与えるためのものだ。

その一瞬にかける。わずかな出場時間でも全力でプレーをする。だからこそ輝きが生まれる。なのにそのチャンスをはじめから摘み取ったら、ガッタスの光背は幻のように消えてしまう。辻の調子が悪かったのなら、ハーフタイムのアップもさせるべきではない。問題なく動けるのならたとえ練習不足であったとしても、2分だっていいから出場させてあげないと。不運にもそこで失点したとしても、それこそ本人のモチベーションのアップにつながるはず。



…と、実際には彼女が出場しなかった本当の理由など自分にわかるはずもなく、ついつい勝手なことを書いてしまいました。





追記

カレッツアのホームにふさわしく、河辺の姐さんが実況席に来ていた。この人がいたらカレッツアは負けられんわ。言ってみればカレッツアにおける河辺はハローにおける中澤姐さんだから。無様な試合は見せられん。