陽炎の記 3

 
初めて実弾を込めた銃を渡されたとき、ひとみは裕子の顔を不思議そうに見つめた。
裕子の瞳は、この地に降り注ぐ強い日差しと時折起こる砂嵐のために、
緑白に焼けた虹彩に縁取られていた。
 
幼心にひとみは裕子の真剣な表情を綺麗だと思った。
「ええか、これを持った瞬間に、ひとみはもう大人になるんやで。
 それでもええか?」
 
 裕ちゃん、泣いたの?
 
彼女の頬に流れた涙の跡を見つけて、ひとみはそう思った。
だが、ひとみは質問する変わりに、ゆっくりと肯いた。
 
 
 
それを手にした瞬間にひとみの内部で何かが動き出した。
まるでものごころつく前から武器に慣れ親しんでいるかのようだった。
 
自分の身長ほどもあるアサルトライフル
マガジンが上手く固定されないのを見てとると
ひとみはマガジン抜いてをそっと脇に置き、
何も言わずにライフルをゆっくりと分解しはじめた。
 
その様子を眺めていた裕子は内心の驚きを押し隠して
ひとみの操作に危険がないか注意深く見守っていた。
緑白の眼にさざなみのような感情が流れたが、
ライフルに集中していたひとみは気づかなかった。
 
「ひとみ、アンタそれどこで教わったん?」
 
裕子の問いにひとみは答えなかった。
自分でもわからなかった。
 
砂埃にまみれた銃身から記憶のある匂いを嗅ぎ取っていた。
油と火薬。
ひとみは耳の奥で微かに誰かの怒鳴り声を聞いたように思って
反射的に一瞬だけ肩をすくめた。
が、身体の硬直は幻のように消え去り、彼女は再び銃と向き合った。
 
脳裏に刻み込まれたように正確な、しかしゆっくりとした動作で銃を分解すると
ガイドに詰まっていた砂混じりのベークライトの滓を拭い取った。
 
乾いた金属的な音を立ててマガジンが固定された。
 
 
 
意外なことに、ひとみは動きながら銃を撃つことが苦手だった。
アサルトライフルだけでなく、シンプルな短銃から様々な重火器まで訓練が施されたが
銃器の扱いに比べて、ダッシュと同時の掃射ではターゲットが絞りきれなかった。
何時までたっても上達しないひとみの訓練は、いつも単独で行われた。
 
危険だったからだ。
 
前方に布陣している味方を撃ちかねない。
裕子は自分の見込みが間違っていたことに
軽い落胆と、わずかな安堵を覚えた。
この地の子供が最初から銃を扱えるわけがないのだ。
 
最低限の訓練だけを施して、
あとは銃器の修理や改造を担っている圭の下につけよう。
裕子はそう考えた。
 
 
だが、世界は動いていた。